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雪夜のロンド

かわりに君が白薔薇だった

 白薔薇の花言葉を聞くたびに掠る確かに幸せだった記憶。
 いくら記憶を巻き戻しても時間までは巻き戻らない。

 人間の醜さも知らないまま、穢れも知らないまま、フリッグは彷徨うひとになってしまった。

 どうしても、どうしてもユグドラシルの中のフリッグは花のような笑顔のまま、止まっている。
 はらはらと、花びらのように舞い散る記憶、思い出。
 本当に、花が似合う奴だったとユグドラシルは思わずにいられなくて。

「……それ、フリッグ様にですか」

 白い薔薇を持ち、湖のそばで立っているユグドラシルに、声がかかる。
 振り替えなくともユグドラシルにはその声のあるじが誰だか、わかっていた。
 ひどくフリッグに似ていると思わずにはいられなかったひと。
 もし、生まれ変わりがあったとしたのなら考えずにはいられなかった刹那。

 ユグドラシルは、声に出会った時をオルゴールのように再生しながらユーリヤの言葉にああ、とだけ返した。
 ひらり。ユーリヤの魔力の蝶がユグドラシルのそばにも巡る。

「フリッグ様は白い花も似合いますけど、何故だか勿忘草も似合うって思うんですよね」
「……そうだな」

 勿忘草。いつものことだ。
 そう思っても心の奥底では、ユーリヤに出来ることなら殴ってしまいたいユグドラシルもいた。
 なにせ勿忘草はフリッグの好きな花だったからだ。
 最初は、ふざけているのかと掴みかかったりもしたもので。

 ふざけてませんが、と言うその眼差しに、なんだか泣きそうになった記憶も、ある。

 それから、毎年。ユーリヤから勿忘草を送られてきたのだが勿忘草を持ったユーリヤと対面するのは久しいに近い。
 勿忘草をそ、と湖に浮かべるユーリヤが、顔も見ずにまた、声をユグドラシルに降り注げるのだ。

「ユグドラシル様、勿忘草の花言葉をご存じですか?」
「俺は花には詳しくないって言っただろ」
「はは、確かに言ってましたね。『真実の愛』、そして……『私を忘れないで』。この花言葉がどうしても、フリッグ様に合うと思ってしまうんですよね」

 ユーリヤの顔を見る。その顔はどうにも、寂しそうで、いなくなってしまったまま会えなくなってしまいそうで。
 ユグドラシルに、焦りと同様の色が見えるようになる。
 その言葉の、その表情の意味は、なんだ。そう言ってしまいたくなるほどには。

 もしも、これがフリッグだったのなら抱きしめでもしたのだろうが、フリッグではない。

「忘れないでほしいと思いますよ、フリッグ様は。……きっとね」

 その言葉も、どういう意味なのだと。
 まるでフリッグに言われたかのように動揺し始める。

 ユグドラシルがなにか言う前にユーリヤは立ち上がり、振り返ることもなく去ってしまう。
 そのまま、訪れる静けさ。
 ひどく胸の鼓動がうるさい。

 静粛な時は、オルゴールのようには巻き戻らない。ただただ、音もなく転がるだけ。
 ただひとつ、思うことは、願うことは。
 あいつにも、ユーリヤにもあんな顔はしてほしくないなと思う。

 ユーリヤも、認めたくはないが花が似合うひとだとユグドラシルは見えなくなった姿を思いながら。
 ひらり、はらりと蝶がユーリヤのあとを追うのを、ただただ見つめた。