星楔のヴァリアシオン
君に降るべき幸福のために
きらり、きらり。今宵も白き祝福の光は瞬いている。
手を伸ばしても届かないその祝福に、人々はずっと夢を見ていた。きっと、今もだってそうだ。
シュネルを瞬くものたちを見上げ、つんと痛くなるような空気を吸う。この痛みが、小さな生を感じる刹那でもあったり。
白の砂浜に上にシュネルは立っている。白と、今は暗い紺碧だった色の境がざぁっと揺らめく。
時に、シュネルは思うことが増えたのだ。
夜空の静寂な色と、海の孤独な色。そのどちらともに本当に違いはあったのだろうか、と。
海の支配者と囁かれいる者達を、浮かべながら特に思うものだ。強くて美しくもある存在を。
幻獣集。この世界において、死と災いの象徴と言われ忌み嫌われているもの達。
シュネルには、彼らが悪だとは思わなかった。この世界には、本当に悪い存在などいないと信じているから。そして。
「シュネル、こんな寒いところなで何してるの。風邪ひいちゃうよ」
「……あ、ネヴァーレン様」
「んー、いつも『様はいらない』って言っているんだけど。まぁシュネルが気を遣ってるわけじゃないならいいけどさ」
それは、ほんの刹那のことであった。音もなく現れたその美しい風貌の彼は、幻獣種クラーケンであるネヴァーレンだった。
さあ、と風と波だけが音を立てて、その潮風が二人の頬を撫でる。
じ、とシュネルはネヴァーレンの揺れる髪、そして表情を見る。
シュネルにとっては、ネヴァーレンは優しく、なんだか淡く照らす月のうなひとのようにも思えた。
それで何の用か。それを紡ぎに口を開こうとする、と。先にネヴァーレンが口を開いた。
「確か人間って18からお酒大丈夫だったっけ? シュネルってもう18だよね、だからこれ。一緒に飲もうよ」
「……は! お酒、大人の飲み物ですか……!」
「とは言っても、そんな良いものではないと思うんだよねー。ほら、シュネルのはジュースと割って……混ぜて飲もうか」
「お酒って、ジュースと混ぜて飲むものなのですか?」
「うん、その方が飲みやすいし。最初はアルコール薄めて飲んで少しずつ慣らした方がいい」
ネヴァーレン右の手に持つものは、ひとつのボドル。青いラベルが特に印象に残る。
さ、と地面に座ってからはネヴァーレンはぽん、っとその隣を手で示すかのよう。座れ、だということだろうというのはシュネルでもわかった。
ちょこん。座るシュネルを見てはネヴァーレンはいくつかの飲み物と出したもの。オレンジジュース、サイダー……美味しそうなものばかりだ。
どれがいい、なって聞かれたりなんかもした。シュネルはそれらをじ、と眺め思考する。
そうして少しの沈黙の後に、ネヴァーレンに示してみせたのはオレンジジュースだ。
ネヴァーレンはそれを見て、お酒とオレンジジュースとで割ってみせ。それから。
「ほい、と。少しずつ飲みなよ、一気に飲んだら酔い回るの早いから」
「わぁ……っ」
シュネルはるんるんとはしゃいだような目。お酒をちび、と飲むとにっこり。
オレンジジュースの甘酸っぱさに少し苦味がある、ような。大人の味だ、なんてシュネルは思ったり。
少しずつ、少しずつ大切にするかのように減っていくオレンジの海。
ふと、視線を隣にやると微笑ましそうに目を細めるネヴァーレン。その目は、まるで海を閉じ込めたようだな、なんてことも。
──どうしてなんだろう。どうして、優しい彼らのことを誰もわかってはくれやしないのだろう。
つんと痛くなるような空気と、きゅっと胸を締め付けられる痛み。そしてじんわりと熱くなっていく目の奥。
うつむいてしまったものだが、きっとネヴァーレンは気付いたいるのだろう。
この甘酸っぱさと少しの苦さが、切ない味のようにも思えてきたり。
「……僕はさ、シュネル一人だけでも嫌わないでくれるだけで、それだけでなんか生きてて良かったなって思うな。オルフィとルカもきっとそう思ってるよ」
「僕達以外のただ一人が、僕らをこの世界に存在するのを許してくれるんだ、ってだけ。他の奴らだったら小さい幸せでも、僕にはすごくありがたいことなんだ」
「……だからさ、ありがとう。この世界に生まれてきてくれて、そして僕らと出会ってくれて」
それだけ。たったそれだけのことなのだ。穏やかな声色がやけに耳に残る。
でもネヴァーレンにとっては、そのそれだけのことでもすごく温かく、幸せなものだ。
何も出来ていないのに、しかし彼は否定しないでくれている、それだけでいいと言うのだ。シュネルは目に涙をためた顔を上げる。
これっぽちのことしか出来ない。だけどそれでいいと言ってくれるのなら、いくらでもしよう、約束しよう。
シュネルは、涙を零しながらも笑ってみせて、言うのだろう。
きらり。祝福の光が空から流れるように降ってきたきがした。
「私も、皆様と出会えてよかった、って思います。……オルティレイス様も、ネヴァーレン様もルカレオス様も、そしてメレアティカ様も……この世界に生まれてきてくれて、本当にありがとう」