Amartya tis Theos
静粛でなければ、これは一体なんでしょう
ミラがゼウスに引き取られてから数日が経とうとしている。
ロキが現れたあと、戦争というものをミラは理解させられたもので。
炎、悲鳴、血の溜まり。
そんなものなんて、この間まではなかったじゃないか、と脳裏で思う。
神と神の戦争アマルティアは、人間すらを巻き込むほどの規模であったのだ。
今日も神々の戦争は、人々の命を奪うものとなるのだろうか。
シャンエリゼで、ひとり残されたミラは深い息を吐いた。
今日もゼウス達は帰ってきてくれるのだろうか。頭の中はそればかりで。
それと同時に、自分は何もできないのだなと、思い知らされる。
ネックレスが音を鳴らす。ミラはネックレスを握り、深呼吸。
あの時、どうして自分を守ってくれたのであろうか。それを聞いても答えは返ってくるはずもなく。
きらり。陽にかざすと赤色の宝石は星のように煌く。
赤。夜になると嫌でも視界に入ってくる赤の月のような、赤だ。
きらり、とさせた赤のネックレスは、今はどうしようもなく怖いものにも見えたのだ。
かざしながらミラは思うことだろう。
(今日は、ネックレスつけていくのやめようかな)
ネックレスはいつもの位置ではなく、ポケットの奥に仕舞われた。
こんなことは、初めてだなと寂しくなってしまった首元でミラは思う。
そしてすぐにハッとし、ふるふるとその感情を抑え込む。
(私だけ弱くなっちゃダメだ! せめて神様達にお手伝いできることがあったらいいのだけれど)
実際過去の自分はシャンエリゼに行ったことはわからない。わからないのだが妙に安心を覚えるもので。
本当に。どうして自分は幼い頃の記憶はないのだろうと、ぐるぐると駆け巡るだけ。
こういう時、いくら考えても上手くまとまらないのはわかりきっていることなので、その日は早く寝よう、とミラは決断したのであった。
やがて、普段眠れていなかったのが、仇というものが今眠気が来ているようで、小さく欠伸。
ゼウス達が帰ってくるまでは、起きていようと思っていたのだが、やがてミラは眠りに沈んでいった。
ぱちり。ミラが目が覚めた時は時計の針は深夜を指していた。
ベッドの傍らには、ゼウスがいる。読書をしている様子だった彼は、ミラが起きてきたことに気付き微笑んで声をかける。
「おはよう、ミラ。よく眠れたかい」
「はい、ちょっと、疲れてたみたいですね」
心配かけさせてしまったな、と思いながらゼウスと言葉を交わす。
ゼウスは微笑んでいる表情が印象的なのだが、今のゼウスは少し物悲しさが見えた気がした。
ミラが、それなんだか寂しそうに見えたのだ。
しかしゼウスにかけたい言葉は、ミラの口から出されることは無かった。
「……つまりはそのミラという小娘を捕虜にすればいいわけだ」
「そ~ゆ~コトッ。向こうの主神様、ずいぶんとあの女の子のことが気に入っているようで」
ロキの報告を聞いてオーディンは思想を巡らせる。
いわば人質をとろう、という話をしていた最中だ。
ミラはゼウスにとって大切な存在なのだと、あの接触で見抜いたわけだ、ミラを人質にするならギリシャの神々は言うことは聞く、だろうということも考えていた。
ロキの予想通り、オーディンの言葉は紡がれる。
「小娘を人質にしろ。間違っても殺すな」
「ハイハイ」
返事をつつもロキはひらひらと手を振って部屋を後にする。
さてどうしたものかとオーディンは思考する。
聞くところ、相手も全知全能だなんて呼ばれる神ではないか。
全知全能の神は二人もいらない。それならば──。
「……使えるものは使わせてもらうぞ」
黄昏のような目は、誰を視界にとらえることはない。紡いだ言葉は誰かに届くようなことはない。
神と神の戦争。アマルティア。既に幾多ものの犠牲が出始めている。
