Amartya tis Theos
もうひとつの影
その日の夜、ミラを夢を見た。
その光景、景色はお世辞にもいいとは言えない、ゼウスがひとり。ゼウスの周りにはかつての仲間だったはずのもの。
ミラは、それを見て何を思ったのだろうか。こうに思ったに違いない、またやり直さなきゃ、と。
ペンダントを握る。またやり直すから、だから、待っていて──。
星々達は見えずにいる。やけに朝日が眩しく見え、ミラは目を細めた。
また夢を見た気がするが、それはもう薄明なものだ。朧気な夢は泡沫にて消えた。
朝の支度を整え、部屋を出る。戦争は未だに続いているというのに青い空はいつだって高い。
風が、鳥が、木々が、ご機嫌に歌なんて歌ったりして。
シャンエリゼを出たところには花も咲いている。近くには海があり、その色はエメラルドグリーンをしている。
たまには海にでも見てみようかな。そう思ったミラは浜辺へと足を歩む。
ふと、浜辺に人がいるのをミラは気付く。もっと近くに来てみないとわからないが、戦争だっていうのにこんなところに人がいるだなんて。それはミラも同じことなのだが。
ミラはその影に向かって、歩む、歩む。その影は少女の姿をしていた。少女との距離が縮まるにつれて、ミラは気付く。
(あの子……私にそっくり? 私に、兄弟なんていたかな?)
少女は、ミラと瓜二つであった。まるで生き写しかのような。
実際に自分に兄弟がいたのかはミラはわからなかった。幼い頃の記憶も朧気だからそれは無理もなかったわけで。
生き写しのよう、とは言っても所々は違っていた。
ミラは青い瞳だがその少女は金色の瞳。ミラの白い服に対して彼女は黒い服だったのだ。
それに、武器を持っていた。少女には似合わない赤と黒の剣。その刃はやや大きい。
少女は、ミラをじっと見つめる。言葉が紡がれるまではそう時間はかからなかった。
「……私は、あなたが嫌い」
「あなたは守ってもらうだけだった。私は違う、一緒に戦うの」
「……あなたと私は、違う」
それだけ。言うと少女は背を向け、行ってしまおうとする。
ミラは状況が呑み込めずにいた。自分のことが嫌い、守ってもらうだけ、一緒に戦う?
ミラが引き留めようと声を出すもののそれは遅かった。少女はいつの間にか、姿を消していた。
一体なんだったのであろうか。しかしミラは少女の言葉には胸を痛ませた。
シャンエリゼに帰ると、お迎えいれるのは静寂。ゼウス達は皆、出払っているところなのだろう。
とぼとぼとした足取りで部屋に向かう。静かなのは好きではない。
あの少女の言葉がやけにオルゴールのように頭の中で繰り返されていく。そのネジは、何度でも回される。
そうしてミラは、あることを思う。あの少女には会ったことがあるかもしれない、と。でもどこで?
考えても考えても、その日はわからなかった。その答えを知る者はとうにいなくなっているのだから。
星は瞬く頃。ミラはゼウスの元を訪れていた。
どうしたんだい、なんて穏やかに聞くゼウスにミラは自分に兄弟がいなかったかと、聞く。
「……ミラに兄弟? いいや、いなかったはずだよ。……何かあったのかい?」
実は、とミラは浜辺で会った少女についてをゼウスに話す。
その話を聞いたゼウスは、声を漏らす。
「そういえば、オーディンと戦っている時も、ミラに似た子を見たような。戦い終わった時にはもういなかったのだけれどね」
「戦い……」
ふと、少女の言葉が想起されていく。一緒に戦うの。まさか、彼女はゼウスと一緒に戦おうとしているのか。
自分だって、思ったことはある。一緒に戦えたのなら、守れたのならどんなに良かったのだろう、と。
所詮は人間の少女だ、神に敵うはずがないとわかってはいても、そんな幻想を抱いてしまう。
そんなミラの心中を察したのか否か。ゼウスは優しくミラの頭を撫でる。
それにミラは一番先に酷く安心感を覚えてしまったもので。
「そんなに思いつめなくても大丈夫。ミラは優しい子だ、それだけで救われている人もいるんだよ」
「……それは、ゼウス様もですか?」
「そうだとも。ミラにはいつも助けられてばかりだよ」
そんな言葉、こっちの台詞なのに、なんてミラは思ったりして。
でもゼウスの言葉で、傷んだ胸も癒されていくものなのだ。
じんわりと、目の奥が熱くなったりもした。
自分は此処にいてもいいと言われているみたいで、安堵を覚える。
そのゼウスの優しさに、今は甘えることにしたのだった。
そうして時は満ちていく。終焉の黄昏は近付いていく。
